三が日、駅伝がくれたもの

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ここ10年以上、三が日は駅伝三昧。勇気と感動と若さと可能性と、そして何より人と人のきずなを思う。4日からの日々のエネルギーになっている。うんと若い大学生が厳しい山に挑むのも、実業団の社会人がそれぞれ練習を重ねて作戦を立てて挑むのも、かけがえのない生のエネルギーやオーラを私たちに見せてくれる。と私は思っている。何の縁もゆかりもない若者のひたむきに走る姿に涙して、1年が始まる。自分の悲しみや苦しみや悔しさではなく、感動とさわやかさに涙することがなぜか自分の気持ちを一番すっきりとしてくれる。

約2年間介護をしながら、自分の感情と折り合いながら、好きなことを封印してここまで来たけれど、そうしたからと言ってどんな病も、老いも、怪我も、人も劇的に変わるわけではないことを知った。父の介護約半年と少し、この時は父が歩けたので、仕事を辞めることもなく関わってきた。そのせいかここまで切実に苦しいという気持ちはなく、それでも自分のプログラム通りに進めば元気になってもらえると思っていた。道半ばで、思わぬ終焉を迎えた父。驚きのほうが勝っていた当時、ここまでの理解には至らなかった。しかし寝たきりになってしまった母にはほとんどすべてのことに私の手を必要としていたので、仕事も辞めた。趣味も封印した。でも何もかも思うようには進まなかった。寝たきりになろうと、母にも意地と意思があるからだ。どんなに説得しようとも、理解は得られないことも多く、互いのストレスだけが膨らむ状態だった。そして入院して2か月、衰えていく母に私は自分の力のなさを感じずにはいられない。

お正月の駅伝ですっきり涙を流した私は、カチカチの後悔を少し溶かして今できることをしようと決めた。自分が前を向いて楽しい気持ちで、今の母に接していかなくてはと思っている。

 

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