政治という名の集団は・・・

政治の定義とは、社会全体に関わるルール、方針を多く意見を交わしながら、国民に選ばれた人たちが意見を調整し、公的に決定しその実施を社会に戻し、秩序や利益配分を行う仕組みだ。
模範とはほかの人が従うのに望ましい基準や物事、優れた行いや人物、見習うべき手本というような意味だ。
独裁とは一人または少数のグループが権力を持ち、法や民主的な統制が行われずに、行使されていく支配的形態のことだ。
今日ニュースで、高市早苗の独裁的な部分をまた耳にすることになった。
自民党での総裁選挙の時、演説を聞いて、何故そこで笑顔を作るのかと何度も違和感を持ったことを思い出す。総理になってからも、経歴に偽りが含まれていた事をにおわす記事も見た、彼女の顔面はどんどん変わっていき、発言の口調も、態度も変化してきている。この短い期間にこんなに態度に変化が出る人も珍しいのではと思う。
熊本地震の視察時の態度には本当に気分が悪くなった。そして、変わったのは彼女だけではない、維新の吉村洋文、この人も変わった。維新の代表になったころと、今政府に直接関与する前後から、いや、大阪万博の頃からかもしれないが、やっぱり、顔も口調も、発言も変わってきている。
政治は国民のための仕事だ。何億人もいる意見は当然まとめることも、bestな結果や取り決めも当然できないと思う。
多くを見て。多くを聞いて、受け入れて咀嚼して、betterに近づける。これが人に選ばれて人の上に立つ者の仕事だと思っている、もちろん理想である。そんなことが本当にできる人にはなかなかお目に書かった事はない。そして多くの事柄には、当然反対も賛成と同じだけあるだろう。
しかし、企業ではないのだから私の理想だけを推し進めるという態度は違う。
今の政府と、政府の中枢部分は総理のイエスマンの集合に見える。しかも常に黒子が見え隠れする。そうなのだ、総理のいや、高市早苗の理想を推し進めようとしているように見える。総理自身も自分の考えを押し通すために、維新を海外要人を、黒子を、何となく利用しているように見える。こんな風に見えたことはこれまでなかった。いろんな名目でどんどんと税金ばかりが挙がっていき、さすがにこれは生活が豊かにはならないと思い始めてからの歴代総理を細かく観察し始めてきていたので感じることだ。
ほんとうにこのままで日本国民はいいと思っているのか、思っているわけない。デモが起こり、SNSで批判が何度も投稿されてもいるのだから。
自分が正しいと思って進むことは大切なことだが、自分と違う論理を聴くこともとても大事なことだと思う。聞く耳を持たない人はどこかでしっぺ返しが来ると私は思っている。

国会はいろいろな集団(政党と人は呼ぶ)が集まって、民意を組んで討論し、決定し、実行するところのはずだが、民意とかけ離れたところにいるのも、また現在の団体のように見えるのだ。

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