天気予報を聴いていて、日本らしさ、和を楽しむ事を味わって行けたら、きっと穏やかに日々を過ごせると思った。
母の四十九日を終えて、そろそろ遺品整理を始めなくてはならないのかと少し落ち込んでいる。母が父の遺品整理をとうとう途中で辞めてしまった気持ちが、私には最初からある。本当のところ、手を付けたくはない。そのどれにも母の思いを感じているから、今は涙しか出てこないし、時々息ができなくなる。しかも母が思う父もまだ残っているのだ。そこで、私の命が終わる前までにはと言う、いつとも知れない目標を立てた(笑)
両親の荷物の整理よりも、自分の物の方がきっとスムーズにできるように思うから・・・平行してやって行こうと考えている。
ところで、両親は本当に着物が好きだったので2竿にびっしり詰まっている一番の難関だと思っている。一枚でも取り出すと次に納めるのに時間を要する。実はここ着物に関しては私がリメイクの提案をして、母から承諾をもらっていたが、いざ始めようとすると母の決心が揺らいだようで、烈火のごとく怒りだし、勝手なことする娘に成り下がったという経緯がある。
今は、もう好きなように扱ってもいいのだろうが、あまりにも後味が悪かったので、悩んでいる。そしてもう一つの考えも浮かんでいる。リメイク前にまず、着物として袖を通してみようかと・・・最近特に日本らしさというワードが何かにつけ思い浮かぶ。それは着物だったり、暦だったり、神社仏閣や料理。着物も季節ごとに見ていると本当に素敵な装いだ。そして暦もしっかり季節が感じ取れて大切にしたい言葉だ。一般的には二十四節気だが、七十二候を併せてたどっていくのが本当に楽しい。近年、四季の感覚が薄れていく気候で毎年寂しく思っているのでそのように感じるのだろう。夏は人の体温より高い気温の日が続いたり、冬には雪が降らず、秋の紅葉も短く、春も気温では感じにくく花の開花も早い気がしている。
今の時期「穀雨で次はもう立夏です」とテレビやラジオでは誰もが話している。穀雨と言って、たくさんの穀物を潤す春の雨が降る頃。菜種梅雨という言葉もこのころの降ったり止んだりの雨の季節を表している。きれいな言い方だなぁと思う。そして七十二候の中でも、「葭始生(あしはじめてしょうず)」=”葦が芽を吹き始める”という頃。昨日のこと、故郷を車で走っていたら、ヤマフジが咲いていた。季節は進んでいる。子供のころはそろそろイチゴが食べられると楽しみな気持ちだったけれど・・・今では冬でもイチゴがあって、いちご狩りの始まりもうんと早くなっている。でも、山の季節の移ろいはあまり変わっていないのでホッとする。だが、山も本当に太陽光発電のパネルが結構な割合で目立っている。熊も鹿も、猿も・・・そのほかの多くの生き物はきっと驚いている。居場所も食べ物も、気温での営みも奪われて、どんどん里へとやって来るのではないかと思えてならない。
今年は自分から季節を受け取りに行って見ようかなぁ・・・という思いが、頭の中を掠めた。

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