母と私は似た者同士だった
「なんでこんなことになったんやろう」寝たきりになった母は毎日のようにこうつぶやいては泣いていた。その都度慰めたり、経過を話したりしていたけれど、母の胸椎骨折が治って、ドクターからリハビリに移行していいと許可が出てからはいつも喧嘩になった。
どれだけ説得してもリハビリに行くことを受け入れないのだ。理由は「おむつが取れてから」
何度も立てる、歩けるとなったらオムツじゃなくなるよと話しても首は横に振られる。なので寝たきりと車いす移動でトイレ使用の練習をしたけれどうまくいかない。4か月も寝たきりだったので体への指令や力の入れ方もうまく連動していないし何より筋肉が落ちている。とにかくリハビリに行ってもらわなくては何もかもレベルが落ちる。来る日も来る日も説得を続けたけれど、しっかりしているので羞恥心のほうが勝っていた母は拒否し続けた。私がコロナで寝込んでしまい、おむつ交換と食事の用意しかできなかったひと月でみるみるレベルが落ちた、もう今しかないと、無理やり屁理屈を並べリハビリに行ってもらうことを承諾してもらった。でも時すでに遅しだった、しっかりしたリハビリは体の衰えで受けることができない。30分から1時間が座位をとれる限度だったのだ。それからはショートでリハビリを受けられるところを探した。そしてやっと5月から月に2回からスタートし4回まで増やしたところで、私が骨折してしまったのだ。秋にはショート利用が増えてしまった。そして2か月半経った頃に、誤嚥性肺炎。緊急入院。日々レベルが落ちていった。今は私が毎日泣く番だ「なんでこんなことになったやろう」

