捨てられない
母の百箇日を過ぎて、いよいよ遺品整理を始めた。
でも一つ品物を見るたびに多くの場面が頭の中に流れ、心の大きさがきゅっと縮まる。片付けないといけない、私がやっておかないと、ほかの家族に迷惑がかかる。もし、私に明日何かが起こってしまうと、思い出どころの問題ではない。
そう思って自分を叱咤激励する日々を過ごしている。それでも行ったり来たりの毎日で、全く進まない😢
そこでやっと、方向を変えてみた。自分が使えるものは残してできるだけ骨太に使うこと。使えないものは、どこかでお役に立つように生かせる場所を探す。🌈
処分するのではなく、セカンドステージを探そうと思ったのだ。そう思えたら、また違うワクワクが出てきて、整理整頓が進み始めた。😍
両親ともに小柄で細身、なので洋服はほとんど家族では再利用できない。どこでどのようにお役に立つのか・・・
見つけたのは、「古着DEワクチン」です。古着を送りたいと申し込みをする、キットの大きさを選ぶ、決められた金額を支払う、キットが届く、着用しない服を詰める、集荷を申し込む、引き取りしてもらう。送り先で、リユースの選別が行われ、それぞれに見合った行き先が決まるという流れ。
簡単にしくみを説明すると、キットを購入する→何本かのワクチンがカンボジア政府に送られる→リユースセンターで服が購入されるとその中からワクチンにも費用が回る。また、服を仕分けしたり輸送、受け取りなどの雇用も生まれる。ということらしい。もしかすると母が大好きだった洋服をどなたかに利用して貰うことができるかも知れない。そう思えたので決めたのだ。
「お母さん、カンボジアで誰かが来てくれるかもしれないよ」
そして、使えそうなものを骨太に使うということは・・・いわゆる再利用だ。
もともと我が家には2世帯の荷物がある。同居を決めた時に、どうしても置きたいものを選別したつもりだったが、なかなか上手くはいかない。その場しのぎでお互い奥の奥にしまい込んだりもしながら生活してきた。私もそうだったのだから、当然長く生きてきている両親も処分できないものがあったはず。そして今回それらが出てきて、私は一層辛くなった。これを使いたかったんだろうなと思ったので、私が使おうと思う。同じものがあってもとにかく使う、何度もしっかり使う、壊れたり、汚れが取れなくなってしまったらその時に処分しようと思う。いまさらながら気づく、辛かった思いはフィフティフィフティだったと。でも、この気持ちも、もう伝えることができない。
これからも、いくつも気づき後悔しながら日々を過ごすことになるだろう。でも新たな発見もそこにはきっとある。
もう一度どこかできっと会える両親に笑って話ができるように生活していこう。
